『ねこ』の語源を考える⑨

それでは『ねこま』の語源は何なのでしょうか?『ねこ』の部分については後ほど詳しく述べる事として、『ねこま』の『ま』にについて考えてみます。
『岩波古語辞典』の『ま』の項目を引くと次のような『ま』が載っています。
①目②馬③間・際④魔
またmaと子音が入れ替りやすいbaとna、母音が入れ替りやすいmoについても調べてみました。
  ば①場
  な①己②汝③肴④菜⑤魚⑥名⑦字⑧儺⑨《接尾辞》
  も①妹②面・方③喪④裳⑤藻
 これらの中で『ねこま』の『ま』の語源として考えられそうなのはⒶ目Ⓑ《接尾辞》の『な』の二つでしょう。それぞれについて考えてみます。
Ⓐ目
 『ま(目)』は『まぶた』『まつげ』の『ま』で、『め(目)』の被覆形です。光の量に応じて虹彩の形が大きく変わったり、夜間緑色に光ったりする猫の目の強い印象から、猫の目を『ねこま』と呼び、やがて『ねこま』が『ねこ』そのものの意味でも使われるようになったと考えることは可能です。
 その動物の印象的な特性を指す言葉がやがてその動物自体を指す言葉としても使われるようになった例として、次の例を挙げることができますから。
  ◆ゐ(猪)→ゐのしし(猪の肉)→ゐのしし(猪)
  ◆うま(馬)→こうま(子馬)→こま(駒)
 問題点としては、『ま』が被覆形として使われる場合、これまで知られている例では全て語頭に表れていて、語尾に表れる例が無いということでしょう。
Ⓑ《接尾辞》の『な』
 実は岩波古語辞典で接尾辞の『な』として挙げられているのは『せな』『てこな』等の『な』で、これらは東国で限定的に使われた言葉なので、『ねこま』の語源として考えるのは不適当でしょう。ただ動物名の中に『むじな』『くひな』など接尾辞と思われる『な』が出て来ます。類聚名義抄で見る限り、『むじな』『くひな』の『な』と『ねこま』の『ま』はアクセントも同じです。
 次に子音の問題ですが、nとmの交替の例としてよく挙げられる『みら→にら(韮)』『みな→にな(蜷)』がいずれもm→nの交替であり、接尾辞の『な』が『ねこま』の『ま』になったと考えた場合のn→mという子音交替とは逆方向だという点が問題かも知れません。
 とは言え一例だけですが、『ぬばたま→むばたま』というn→mの子音交替の例がありますから、子音交替の方向に関しても決定的な障害は無いと言っていいでしょう。
 そんな訳で、私はこの接尾辞の『な』が『ねこま』の『ま』の語源であった確率が高いと思います。
 何故『ねこな』が『ねこま』に変化したのかですが、先に『めうこ』説に対する批判の所で、類聚名義抄に『めこま』という語形が出てくること、そして『めこま』は『ねこま』より古い言葉であるかも知れないことを述べました。
 おそらく『めこな』という語形が先に生まれて、語尾の『な』のn音が語頭の『め』のm音に同化されて『めこま』となって、その後に『めこま』に対応する形で『ねこま』という語形が生まれたのではないかと私は考えています。
 既に『ねこ』という言葉があったのに、それと並行して『ねこま』という言葉が使われるようになったのは、二音節語を三音節語にすることで語調を整えるという意味合いがあったのではないでしょうか。
 従って『ねこま』という言葉は当初から雅語であり、日常生活の中で使われる言葉では無かったろうと思います。『ねこ』が現代でも使われている言葉なのに、『ねこま』の方は早くに死語になってしまったのは、その辺に理由があるのでしょう。