語源を考える〜『みなみ(南)』

方角を表す『みなみ(南)』の語源について「日本語源大辞典」(前田富祺監修、2005年、小学館)にはこう書かれている。

みなみ【南】
方角の名。日の出る方に向かって右の方向。十二支では午(うま)の方角に当たる。✦初出:蜻蛉 974頃
[語源説]
❶ミナミ(皆見)の義〈和句解・日本釈名・志不可起(しぶがき)・国語蟹心鈔(かいしんしょう)・類聚名物考・和訓集説・名言通・和訓栞・紫門和語類集・大言海・語理語源=寺西五郎〉。
❷ミノミの義。ミノミは海の見える方の意〈東雅〉。海ヲ見ルの転。また上ノミハ見ユルの略〈蒼梧随筆(そうごずいひつ)〉。
❸ミノミ(水之実)の義。水の中心の意〈国語の語根とその分類=大島正健〉。
❹マヒナカ(真日中)メリの反〈名語記〉。
❺マノヒ(間日)の義〈言元梯〉。
❻ヒナミ(日並)の義。ヒとミは通ず〈和語私臆鈔〉。
❼メノモの義で、メ(目)の方、モ(面)の方の意〈神代史の新研究=白鳥庫吉〉。
※和句解(わくげ)……松永貞徳著。1662年。
※日本釈名(にほんしゃくみょう)……貝原益軒著。1699年。
※志不可起……箕田喜貞(みたよしさだ)著。1727年。
※国語蟹心鈔……藤原比呂麻呂著。1757年。
※類聚名物考……山岡浚明(やまおかまつあけ)編。1753~1780年。
※和訓集説……伴直方(ばんなおかた)著。1815年。
※名言通……服部宜著。1835年。
※和訓栞(わくんのしおり)……谷川士清(ことすが)編。1777~1887年。
※紫門和語類集(しもんわごるいしゅう)……菅原泰翁著。
※大言海……大槻文彦関根正直新村出著。1932〜1935年。
※語理語源……1962年。
※東雅……新井白石著。1717年。
※蒼梧随筆……大塚嘉樹(よしき)著。1771〜1800年。
※国語の語根とその分類……1931年。
※名語記(みょうごき)……経尊著。1268年。
※言元梯(げんげんてい)……大石千引(ちびき)著。1830年
※和語私臆鈔……本寂著。1764年。
※神代史(しんだいし)の新研究……1954年。

「国語語源辞典」(山中襄太著、1976年、校倉書房)及び「続・国語語源辞典」(山中襄太著、1985年、校倉書房)の『みなみ』の項目はこう書かれている。

みなみ【南】大言海━━皆見ニテ、日光明カナル意ト云フ。北ハ暗黒(キタナシ)ノ意ナラム。易経説卦「離也者明也。万物皆相見。南方之卦也」。北方ヲ玄武ト云フ。黒亀ノ義。冬ヲ玄冬ト云フモ、色ニ配スレバ北ハ黒ナリ。倭名抄16塩梅類「呼黒塩、為堅塩。堅塩、木多師」。神代紀上「黒心(キタナキココロ)」トモ見エタリ。後撰集13恋5「人ハカル心ノ隈ハきたなくテ、清キ渚ヲイカデ過ギケン」トモアリ。又、太平洋ヲ満波(ミナミ)、日本海ヲ波黒しト云フ説モアリ。「白鳥庫吉全集」(2、pp、276~7)にいう──四方の名は、前後左右および日の位置で定める。三韓時代には南を aripi といった。16世紀頃には南、前を alp 、後を tui 、現代は前を ap という。モーコ語でキタを khoito というは「後方」の義だから、国語キタ(北)はカタ(肩)の意だが、ミナミ(南)は、モノモ(面の方)またはメノモ(目の方)の意だろう。国語や朝鮮語で方をモというは、オスチャク語で角(スミ)を mur というに当るだろう。漢字「顔」のヴェトナム音は nham だから、これからも、ミナミは「顔(面、目)の方」の意と知れる。もしそうでなければ「日の方」の意で、日を意味する次の語と関係あるか、と。チベット語、マニャク語 nyima 、シェルパ語 nimo 、マガル語 nam-khan、リムブ語、キランティ語、ロドン語、ヤクハ語、グルンギァ語、ロホロン語、バラリ語、ドュミ語、クハリン語 nam 、トフルンギァ語 nem 、チェパン語 nyam 、ヴァユ語 nomo 、numa 、ブフタニ語 nyim など(主なもの以外は略した)。なお南の字を広東やヴェトナム(越南)で nam と読むが、これがミナミのナミで、ミは方向の意(安田徳太郎氏)とか、面(ミン)の意(松村任三氏)とかともいう。台湾の高砂族は南を min-amis という(坪井九馬三氏)。モーコ語では南、前方、胸を emüne という。新村出氏は「東亜語源誌」( p.237 )でいう──白鳥氏はミナミの語源を身(ミ)の面(オモ)とか眼(メ)の面(モ)とかされたが、当っていると思うと。タミル語で「前」を mum という。

金思燁氏はいう──「南」については、「皆見で日光の明らかな意」だという見解もあるが、いぜんとして語義未詳である。「南」の朝鮮語は「マ」( ma )である。古代朝鮮の「韓」の国号はみなその位置している地域の方位によってつけたものであった。「辰(セン、sʌjn 、東)韓」「弁(カラ、ka-l
ʌ 、中分)韓」「馬(マ、南)韓」の意をそれぞれ持っている。「マ」(南)は「向かい」の語の「マゾ」( ma-co )の「マッ」( mas )と同原語である。日本語の「前」(麻幣、 ma-fe )を「目(マ)の方(へ)」と解しているようであるが、「ま」は「マ」(南、向)と同原語である。朝鮮の古語の中の原始基本名詞には、かならず下に h を付けるので、「南」も「マヘ」( ma-h )となり、「前」(マヘ)の「ヘ」もこれである。「みなみ」は「み」(山)、「な」(所有格のノ)、「み」(前)の複合語、つまり「山の前方」の意を表わした語と思われる。「北」(キタ)は、朝鮮語「トゥイ」( tuj )(後、北)と対応すると。
東京新聞、1975,12,12 )

岩波古語辞典(大野晋佐竹昭広・前田金五郎編、1974年、岩波書店)の『みなみ』の項目には、こんな注記がある。

語源は未詳。ヨーロッパ語では、南は、太陽の方向、真昼などの意の語で表現される。上代日本語でも、南のほかに「かげとも」(光の方向)という語がある。✝ minami

一方、ネット辞書等を見てみると


〚渡り来る試行錯誤〜言語学とかアニメとかゲームとか。科学とか。〛
東西南北(「ひがし」「にし」「みなみ」「きた」)の語源
……この記事のことを考えながら授業中居眠りしていたときに急に「みなうみ=皆海=全て海」の転じゃないかと頭に浮かんで飛び起きたのですが、何でしょう、南国を想像していて海が出てきたんですかね。「みなみ」は別に「海」じゃ無いんですよねw
まずは「南」が付く言葉から、と言うことで調べました。(広辞苑
南淵請安という飛鳥時代の人、姓は「みなぶち」です。南方熊楠という人も居ますね。姓は「みなかた」です。
「南」=「みな」です。
と言うことは「み」は東西の「し」と同じようにただの接尾語なのかな、とか思います。
でも「み」単独では接尾語にはならないのでやっぱり発音が変化しているんでしょうね。
意味の方向からも攻めたいのですが、教養がなくて「みなみと言えば……」と出てきません orz
「日」に戻るとすると「南中する方向」でしょうかね。音と合わないんですが。
音としては「み」が二つも付いているので「水」に関係していると思うんですがねぇ。

〚日本不思議百景〛
東西南北の語源とは?
……
つづき:では、「きた・みなみ」の語源は、いかなるものであろうな?
かおる:さあ、なんでしょう?
つづき:東西が、太陽の運行に関係するなら、南北もまた、古代人が自然現象を感じて、言葉を生んだと思えるわけじゃが。
かおる:古代人が感じた自然現象ですかあ?南北に特徴的な自然現象なんてあったかなあ?
つづき:あるいは、地形かもしれぬぞよ。
かおる:地形?
つづき:たとえば、日本海側(ママ)に住んでおれば 、南には「海」、北には「山」がそびえていたであろう。
かおる:「うみ」は「みなみ」と、語感的には繋がりそうですね?「みなも(水面)」「みなと(湊)」と、言いますから。
……


そして語源由来辞典の『みなみ』の項目にはこう書かれている。

〚語源由来辞典〛

【意味】南とは、方角のひとつ。南方。太陽の出る方に向かって右の方角。北の反対。
【南の語源・由来】
南は、皆の見る方の意味で「みなみ(皆見)」とするものが多く、この説は、南が「みんなみ」とも言うことからではあるが、意味としては説得力に欠ける。その他、海の見える方向という意味で「みのみ(海の見)」とする説。
「ひなみ(日並)」「まのひ(間の日)」「まひなか(真日中)」など、太陽と結びつけた説。
祈り願うことを意味する「なむ・のむ(祈む)」と関連付け、神に祈る方角の意味で「みなむ(神祈む)」とする説などあるが、語源は未詳。
漢字の「南」の原字は、納屋を描いた象形文字で、草木を暖かい納屋に入れて栽培するとさまを表したところから、「囲まれて暖かい」という意味を示した。転じて、「暖気を取り込む方角(南方)」の意味となった。


ところで私は以前ココログに(アメブロにも)『みなみ』の語源について書いている。

〚ゼロ地帯〛
『みなみ minami (南)』の語源について
2012,08,26
方角を表す四つの名詞のうち『ひがし(東、古形ひむかし)』『にし(西)』『きた(北)』については語源が明らかになっているが、『みなみ minami (南)』だけは語源が未詳であるとされている。
英語の south は sun が語源とされているので、多くの人が『みなみ』を太陽と結びつけようとしてうまく行かなかったようだ。
だがこれは発想をちょっと変えれば良いのではないか。
『きた』の語源が判っているのだから『みなみ』はその反対ではないかと考えてみた。
『きた』は『きたなし(穢し)』の語幹であり「不浄な方角」の意味とされている。
それならば『みなみ』は「神聖な方角」の意味ではないかと考えて分析してみると、まさにそのような意味が浮かび上がって来た。
初めの『み』は甲類なので、『みや(宮、神家)』『みこし(神輿)』『わたつみ(海神)』等の『み』すなわち「神」の意と考えられる。
後半の『なみ』は、現代では死語になっているが、上代には使われていた動詞『なむ』の連用名詞形だと思う。
『なむ』には母音交替形『のむ』という語形もあり意味は同じで「祈る」こと。
この『のむ』の連用名詞形『のみ』が借用語彙としてアイヌ語に入り『カムイノミ』という複合語になって残っている。
従って『み』は神、『なみ』は祈ることで、『みなみ』は「神に祈ること」となるが、方角を表す語彙なのでこの場合は「神に祈りを捧げる方角」という意味だろう。
古代日本人が南を「神に祈りを捧げる方角」としていた事を太陽神信仰と結びつける人も居るかも知れないが、私は太陽神信仰とは繋がらないだろうと思う。
『みなみ』の『み』は神を意味するが、神を意味する『み』には蛇という意味もあり、南方系の蛇神信仰に繋がっていると思う。
『みなみ』を「神に祈りを捧げる方角」すなわち神聖な方角としたのは、蛇神信仰を日本に持ち込んだ人たちの故郷が南の方角だったからではないかと思う。


一読すれば判ると思うが、「語源由来辞典」で書かれている「みなみ=神に祈りを捧げる方角」説とは明らかに私の説のことだ。
私以外がこの説を述べているのを見たことが無いし、私のこの書き込みは「みなみ 語源」で検索すれば上位に来るから間違いないと思う。
しかし、いつものこととは言え「語源由来辞典」に出典の明記が無いのは不愉快。