語源を考える〜『つたなし(つたない)』

『拙し(口語:拙い)』の語源について、日本語源大辞典(前田富祺監修、2005年、小学館)にはこうある。


《つたな-い》
【拙い】
能力や品格など、物事が劣っているさまについて広く用いる。✦(初出)西大寺本金光明最勝王経平安初期点 830頃
[語源説]
❶ツト(勤)ナシの意〈大言海〉。
❷ツテナシ(着手无・伝無)の義〈和句解・日本釈名・言元梯〉。人に伝えるべき智も巧もない意で、ツタフナシ(伝無)の義〈名言通〉。本来は悪運の有様をいうツタナシの義から〈国語の語根とその分類=大島正健〉。
❸ツタはチ(霊)から派生した語か〈日本古語大辞典=松岡静雄〉


この語彙の語源説は「暮らしのことば語源辞典」にもネット辞書にも無いので、確認できた語源説は日本語源大辞典のものだけだけど、どれもこじつけっぽい。

一方、時代別国語大辞典上代編(1967年、三省堂)には〔播磨風土記の「都太岐」「怯(つだき)」から形容詞ツダシの存在が想像される〕との記述があり、ツダシの意味についてはツタナシと同義かとある。
ツダシとツタナシが同義語ならば、ツタナシのナシは『無し』ではなく、程度が甚だしいことを表す接尾辞の『なし』(キタナシ・イラナシ等のナシ)と考えられる。
また書紀等に出て来る「細かく切れ切れ」の意のツダツダという語彙があり、これは日葡辞書のヅダヅダを経て現代語のズタズタに繋がっている。

こうしてみると『つたなし』は「ツダツダのツダ+甚だしいの意のナシ→ツダナシ→ツタナシ」という経緯で成立した語彙ではないか。

ただ問題点がある。「類聚名義抄四種声点付和訓集成」(望月郁子編、1974年、笠間書院)をみると『ツタナシ』(拙・怯・劣・短 etc. )のツタのアクセントは上上であるのに対して、『ツダツダ』(寸)のアクセントは平平で違っている。
『スタル』(廃)のスタのアクセントが上上なので、あるいはこちらがツタナシのツタの語源かも知れない。